「ルーシー、ちょっと待て」
大喜が海馬をフル回転させていると、勇一が、カウンターに乗せた顔をルーシーに向けた。
「何でしょう?」
「個人レッスンって、学校の勉強じゃないよな。一体何を教えたんだ?」
「そういうこと、勇一さんは訊くの? 無粋ですね。決まってるでしょ。大人になるための個人レッスンです」
「…どういうことだ…? ガキに手を出していたとは初耳だ」
「話しましたよ。その昔、寝物語で。勇一さん、私との過去をなかったことにするつもり?」
「…バカ野郎。過去も未来もずっとあるさ」
「ストーップ! おね~さん、いつからこのバカと? 俺の個人レッスンの後から? ねえ、この人に本命いること知ってて、そうなったの? …まさか、騙されているんじゃ…イタイ!」
ルーシーが突然大喜の耳朶を引っ張った。
強引に自分の方に引き寄せると、その耳元で、
「ダイダイ、旦那の上司に向かって『バカ』とは何事ですか!」
小言を入れた。その声は――
「うっそぉおおお! え?」
後ろの仰け反った大喜が、椅子ごと後ろにひっくり返る。
「凄い音がしたけど」
奥からママが飛び出してきた。
勇一が問題ないと言い、大喜が起き上がりながら、他の客に騒がせて申し訳ないと詫びた。
「…マジ…? そういう…こと? …たしかに大人になる為のレッスン受けた…」
時枝、という名は出さない。
大喜は短時間で理解した。
どうして、そのルーシーなのか。その必要があるのか。
やはり優秀なのだ。
「そういうことです。それで、どうしてダイダイがここに?」
グラスにビールを注ぎながら、時枝が訊く。
「オッサンが! オッサンと会ったんですよね!?」
「はい。ホテルでご一緒しました」
「まさか、あいつらに犯られてね~だろうな?」
横から割り込んできた勇一を、時枝は無視した。
「木村さんもご一緒でしたけど、何かあったのですか?」
「帰ってこないんだ。連絡もないし、オッサンの携帯も通じない。おかしいだろ?」
「確かに。有り得ないことですね。私と別れた後の足取りはわかります。どこで足止めをくらっているのかも推測できます。兄弟揃って、手が掛かるということですね」
「兄弟揃って? …それってっ、あそこに?」
「だと思います。確認してきますから」
時枝が奥に入り、ママから固定電話を借りる。
携帯は便利なツールだが、そこから漏れる情報は膨大だ。
「あいつら、武史のところか。じゃあ仕事だ」
なんだ、心配するほどのことはなかったと、勇一が一気にグラスを空ける。
「ちょっと、気を緩めている場合じゃないだろ? 携帯が通じないってことは、オッサンと木村さん、何かしでかしたんじゃないの? それに時間考えろよ。仕事っておかしいだろ。怒らせたのかな…」
「命(タマ)は取らないさ」
「…また、ゴリラの檻の中じゃ…」
過去、黒瀬の逆鱗に触れた佐々木が、動物園のゴリラの檻に入れられたことがあった。
「お待たせしました。今、確認してきました。あちらはアレの最中だったので、詳しいことは要領得なかったのですが、お探しのお二人はまだ滞在されているそうです。朝には解放されると思います」
『解放』という言葉に、二人が自分の意思で滞在しているのではないということが、勇一にも大喜にも理解できた。
時枝です。…勇一帰ってきませんね(-.-#)。今日も応援ありがとうございますm(__)m
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