その男、激震!(78)

 

「佐々木、アレを木村に持たせろ。あるだろ、アレが」
「アレ、って…何でしょう?」

佐々木が首を傾げた。

「アレと言ったらアレだ」

長年連れ添った夫婦以上の信頼関係が、存在しているはずの組長の勇一と若頭の佐々木なのだが、最近の大喜に絡んだゴタゴタでどうもこの二人の意思疎通には壁があるらしい。
それとも思い当たる「アレ」が有り過ぎるのか、勇一のいう「アレ」は佐々木には通じなかった。

「…組長、申し訳ありませんが…アレとは一体?」

佐々木の問いに勇一が「あ?」と不機嫌に一音発した。
腐っても鯛。
腐っても組長。
腐っても黒瀬の実兄である。
黒瀬程ではないが、辺り一面に冷たい空気が漂う。

「アレですねっ! はい、アレです。木村、チャカ持って行けッ」

一か八かで佐々木は賭に出た。

「バカか。チャカなんか持ち歩いたら銃刀法違反だろうが」

と、勇一が呆れたように言う。
佐々木、木村はもちろん、周囲でこのやりとりを聞いていた組員達もこの勇一の発言に、『…ヤクザが銃刀法違反を気にするか?』と、突っ込みを内心で入れていた。
ちなみに、佐々木を含め、短刀を持ち歩いている組員は多い。

「仰有る通りです」

呆れられた当の佐々木は、複雑な想いで勇一を肯定した。

「ったく、白崎のアホウィルスが、この事務所内に感染したのか? 木村に早く渡せ」

いや、今、一番アホなのは組長、あなたです、と佐々木は思った。
一体、何を木村に持たせろと言っているんだろう?
佐々木が事務所内を見渡し、木村に渡すアレの正体を探す。
事務所内にある何かなのは間違いない。
そんな佐々木を見て、勇一が時枝ばりの深い溜息を漏らす。
そして佐々木に告げた。

「木村にスペアキーを渡せって、さっきから何度も言ってるだろう。お前、頭大丈夫か?」

言ってない!
あなたが何度も言っているのは「アレ」ですよ、「アレ」!

「…大丈夫です。スペアキーですね。畏まりました。スペアキー? …どこの?」

またもや勇一が溜息をつく。

「大丈夫じゃね~だろ。一度精密検査受けろや、佐々木」

それが必要なのは、あなたです。
佐々木は口から出そうになった言葉を必死で我慢した。